カトリック逗子教会

カトリック逗子教会

【三位一体の神】


主任司祭 鈴木 勁介



三位一体の神という、この言いかたが生まれ、そして教会の中で何千年も伝えられてきたという事は、何か少し不思議な気がいたします。
人間が頭の中でいくら考えても、三位の神様が一つであるという事の意味は、すっかりは分からない、やっぱり神秘なんです。 でも、なんとなく分かることの一つは、父と子と聖霊の神様が一体であるというのは、何かピタッとくっ付いているようなイメージではなく、愛するとか、信頼する距離がそのお互いの間にあるという風にイメージすると、信じる、愛する、そういう繋がり、それが永遠の命、神様の命そのものなんだなあと、私たちの一致のあり方について少し気づかされることもあろうかと思います。でも、まあそれは少し理屈っぽい、難しい話の気も致します。
むしろ、父と子と聖霊の神様を信じられるという事の不思議さを、まず味わうべきでしょう。
理屈でわからない人は、信じないと言うかもしれません。でも、私たちは、父と子と聖霊の唯一の神様を、どうしてか信じられます。洗礼を授けるときにも『父と子と聖霊のみ名によって、あなたに洗礼を授けます』といいます。私たちがいろいろな機会に『父と子と聖霊のみ名によって』と唱えることによって、少しだけ神様を意識する。それが積み重なっていくときに、信じるという不思議な力になっていくのでしょう。
ですから、『父と子と聖霊のみ名によって』と十字を切る意味は、これから祈りを始めるときの合図のような役割もありますけれども、むしろ、それ自体が一つの短い大切な、重要な祈りになっています。ただ祈りを始めるというのではなく『父と子と聖霊のみ名によって』私は仕事を始めるとか、何々をする、全て『父と子と聖霊のみ名によって』行われるという姿勢を整えるということです。 神様が一番大事なことをなさるんだということを信じるために、この短い祈りを大事にするという事が、私たちの大切な務めになっていくと思います。
(教会報誌「潮路」 第361号 2018年6月1日発行 巻頭言より)